ナノメートルサイズのセンサー粒子が細胞間のコミュニケーションを見える化 ー細胞間のやり取りを利用して時間的?空間的な細胞情報の推移を取り出すことに成功ー

ナノメートルサイズのセンサー粒子が
細胞間のコミュニケーションを見える化
ー細胞間のやり取りを利用して時間的?空間的な細胞情報の推移を取り出すことに成功ー

 国立大学法人中国竞彩网大学院工学研究院先端機械システム工学部門の木村笑講師、国立大学法人九州大学大学院工学研究院機械工学部門の山西陽子教授、佐久間臣耶准教授のグループは、マイクロ流体チップ(注1)を用いて作製したナノメートルサイズのセンサー粒子を、白血球の1つである好中球(注2)に保持させることで、マクロファージ(注3)、老齢の細胞(注4)、間葉系幹細胞(注5)との異なる特徴的なコミュニケーションの様子を、リアルタイムで詳細に追尾?可視化できることを見出しました。本研究成果は、体の中で細胞選択的に薬剤などを輸送する新たな細胞医薬品への貢献や、物質の輸送を介した細胞同士のコミュニケーションの新たな設計?制御技術の創出において貢献すると期待されます。

本研究成果は、Wileyが発行するSmall(6 月9日付)に掲載されました。
論文タイトル:Cytotransducers for visualization of spatiotemporal intercellular communication
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smll.202503749

背景
 私たち人間の体は、およそ37兆個の細胞によって作られています。細胞達は分子などの物質を互いにやりとりすることで、コミュニケーションしています(細胞間コミュニケーション)。これらの相互作用は、私たちの体を良い状態に保つ上で重要な役割を果たしています。
 細胞間コミュニケーションを、1つの細胞の詳細な挙動から集団的な挙動まで、スケール横断的に追尾?可視化する技術は、細胞を医薬品として使う医療技術への応用や、細胞生物学的な動態解明において重要です。近年の生物学分野におけるナノテクノロジーの目覚ましい発展に伴って、量子センサー(注6)や、蛍光タンパク質(注7)、遺伝子編集ツール(注8)などのナノメートル(1ナノメートルは1ミリメートルの百万分の1)サイズの人工物(ナノ人工物)が細胞の挙動を追跡するためのマーカーとして広く用いられるようになりました。しかし、これらのナノ人工物は小さく、任意の観察タイミングで、任意の細胞に、輸送できる送達方法の開発が大きな課題となっていました。

研究体制
 本研究は、中国竞彩网大学院工学研究院先端機械システム工学部門の木村笑講師、九州大学大学院工学研究院機械工学部門の山西陽子教授、九州大学大学院工学研究院機械工学部門の佐久間臣耶准教授らによって実施されました。本研究の一部は、JST【ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2217-3-2、JPMJMS2217-4-1)】、JSPS科研費若手研究(JP22K14568)、武田薬品工業株式会社(COCKPI-T? Funding 2021)、JST【創発的研究支援事業(JPMJFR2157)】の助成を受けたものです。

研究成果
 本研究では、免疫細胞の1つである好中球に、ナノ人工物としてpHのセンサー粒子を一度保持させて、ナノ人工物の局所輸送体として用いました。これにより、特定の細胞に対して選択的?局所的にセンサー粒子を輸送し、さらに、タイミング制御された輸送によるリアルタイムでの追尾?観察に成功しました。
 はじめに、好中球によるセンサー粒子の取り込みを促進するために、図1に示すような量子センサーを細胞との親和性が高い脂質膜で覆った「細胞適合性が高いセンサー粒子」を設計?作製しました。このセンサー粒子は、図1(a)に示すように2種類の溶液をマイクロ流体チップへ送液することで作製しました。粒子中心の量子センサー(蛍光ナノダイヤモンド(注9))と、表面に修飾したpH応答性の蛍光分子(フルオレセインイソチオシアネート(注10))によって、顕微鏡で取得した蛍光画像から局所的なpHを測定することができます。本研究では、作製したセンサー粒子を「目に見えない細胞(Cyto)の状態を、目にみえる情報へ変換する装置(Transducer)」という意味で「Cytotransducer」と命名しました。図2に示すように、作製したセンサー粒子は好中球に保持され、1細胞レベルで細胞内のpH分布のマップを取得できることを確認しました。
 次に、センサー粒子を保持した好中球を、4時間後に細胞外へ粒子を放出するように薬剤処理を行い、マクロファージと一緒に培養(共培養)しました(図3)。タイムラプス観察によって、共培養開始の4時間後から好中球のセンサー粒子放出が始まり、最終的に好中球を介して、多くのセンサー粒子はマクロファージへ局所的に輸送されました(図3(c))。また、好中球とマクロファージのコミュニケーションの瞬間の細胞内pHの分布も可視化することに成功しました(図3(d))。さらに、好中球と老齢細胞の組み合わせにおいても同様の輸送動態を確認しました。
 一方で、好中球と間葉系幹細胞の組み合わせにおいては、好中球の粒子放出が抑制され、センサー粒子が間葉系幹細胞へ輸送されない様子が確認できました(図4)。これは、間葉系幹細胞がもつ特徴的な機能によって、好中球が粒子放出を行うために必要な細胞死が抑制されたためと考えられました。したがって、本研究で提案するCytotransducerは、細胞の生きた機能を損なわずに、細胞間のコミュニケーションを可視化できると考えられます。

今後の展開
 本研究では、好中球をナノメートルサイズのセンサー粒子の輸送体として利用することで、マクロファージ、老齢細胞、間葉系幹細胞との特徴的な細胞間コミュニケーションを時間的?空間的に制御しながら、リアルタイムで追尾?可視化することに成功しました。今後は、より複雑な機能をもつCytotransducerの設計や、ナノ人工物の輸送体として好中球以外の細胞の利用によって、追尾?可視化に留まらず、より高度にデザインされた細胞間コミュニケーションの実現が期待でき、次世代の細胞療法(注11)の開発等へ貢献すると考えられます。

用語解説
注1)マイクロ流体チップ
微量な溶液や生体試料の混合、反応、分離、精製、検出などさまざまな操作をマイクロメートルスケールの微小空間で行うことができるような、半導体製造技術を用いて作製したデバイスのこと。
注2)好中球
全身に広く存在する免疫細胞の1種。体内の炎症部位や外敵の侵入時に細胞死を起こす特徴をもつ。
注3)マクロファージ
全身に広く存在する免疫細胞の1種。
注4)老齢の細胞
分裂回数がとても多い細胞。
注5)間葉系幹細胞
体内に存在し、骨、軟骨、脂肪、神経細胞など、様々な細胞に分化できる細胞。
注6)量子センサー
量子力学を利用して微弱な物理現象を検出するセンサー。
注7)蛍光タンパク質
特定の光を照射すると光(蛍光)を発するタンパク質。
注8)遺伝子編集ツール
任意の遺伝子を書き換えるための分子。
注9)蛍光ナノダイヤモンド
特定の光を照射すると蛍光を発するナノメートルサイズのダイヤモンド。
注10)フルオレセインイソチオシアネート
特定の光を照射すると蛍光を発する分子の一つで、pHの変化に応じて蛍光の強度が変化する。
注11)細胞療法
生きた細胞を使った疾患の治療方法。

   

図1:マイクロ流体チップによる細胞親和性の高いセンサー粒子の作製。
Small, 2025, DOI:10.1002/smll.202503749を基に作成。


   

図2:センサー粒子を保持した好中球。
Small, 2025, DOI:10.1002/smll.202503749を基に作成。


   

図3:好中球とマクロファージのコミュニケーションの可視化。
Small, 2025, DOI:10.1002/smll.202503749を基に作成。


      

図4:好中球と間葉系幹細胞(MSC)のコミュニケーションの可視化。
Small, 2025, DOI:10.1002/smll.202503749を基に作成。

 

◆研究に関する問い合わせ◆
 中国竞彩网大学院工学研究院
  先端機械システム工学部門 講師
  木村 笑(きむら にこ)
   TEL/FAX:042-388-7505
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