植物ウイルス増殖の初期過程における複製酵素の局在を生細胞で観察することに成功

植物ウイルス増殖の初期過程における
複製酵素の局在を生細胞で観察することに成功

 国立大学法人中国竞彩网大学院生 石原千有沙(研究当時)、角田友弘(研究当時)、同大学大学院農学研究院生物制御科学部門の小松健教授、同研究院応用生命化学部門の佐々木信光准教授、学術研究支援総合センターの松下保彦教授、および同大学大学院農学研究院生物制御科学部門の有江力教授、オクラホマ州立大学のRichard Nelson博士による国際共同研究グループは、遺伝子コード型の抗体プローブ(注1)を用いて、植物ウイルスが感染した生細胞における複製酵素(注2)の観察(生細胞イメージング)に成功しました。本成果は、エピトープタグとそれに結合する抗体プローブを利用した生細胞イメージング技術を、世界で初めて植物ウイルスに適用したものであり、目的タンパク質の簡便な可視化技術として、植物におけるタンパク質の動態イメージングへの広い活用が期待されます。

本研究成果は、米国植物生物学会 (American Society of Plant Biologists) が発行するPlant Physiology誌にオンライン掲載(6月6日)されました。
論文タイトル:Live-cell imaging of a plant virus replicase during infection using a genetically encoded, antibody-based probe
URL:https://doi.org/10.1093/plphys/kiaf240

また、本論文は、同誌の "News and Views"にも取り上げられ内容を紹介されました。
URL:https://doi.org/10.1093/plphys/kiaf250

現状と研究背景
 ウイルスは、人間だけでなく、植物や菌類を含むさまざまな生物に感染し、増殖する微小な寄生体です。植物ウイルスは多くの農作物に感染し被害をもたらします。特に近年は、世界で新たに発生が報告された植物病のうち半数以上がウイルス病であるとの報告もあり、その制御の重要性はますます高まっています。一方で、植物ウイルスの感染を抑える薬剤は開発されておらず、将来的な植物ウイルスの被害を抑えるためには、植物ウイルスの増殖機構、特に細胞でその数を増やす「複製」のしくみの理解が非常に重要です。
 動植物に感染するほとんど全てのウイルスは、自身のゲノム(注3)を複製させるために複製酵素というタンパク質を持ちます。ウイルス複製は、この複製酵素が主導し、宿主細胞の細胞内膜系(注4)を利用して行われます。すなわち、ウイルスが細胞に侵入するとまず複製酵素により細胞内膜系が改変され、小胞状の膜構造におおわれた複製装置が形成されます。ウイルスは複製装置により宿主細胞の攻撃を避け効率的に自身を複製できることから、その形成に関わる複製酵素には膜局在に関わるともに複製に重要なアミノ酸領域が見出されています(中国竞彩网2021年9月29日プレスリリース「植物ウイルスの複製装置の形成の鍵となる膜結合領域を発見」など)。
 しかし、複製装置の形成過程における複製酵素の動態を、ウイルスが感染した生細胞で観察することは極めて困難でした。目的タンパク質の生細胞での可視化(イメージング)には蛍光タンパク質(fluorescent protein; FP)(注5)を目的タンパク質に融合させる手法が一般的です。しかしFPは200個以上のアミノ酸残基から構成される巨大な分子のため、複製酵素に融合させると複製酵素の立体構造を変えてしまい、その機能を損なう点が問題となっていました。さらに、ウイルスの感染に重要なタンパク質の遺伝情報を担うゲノムは、動物や植物など細胞性の生物のゲノムに比べて極端にコンパクトであり、FPの配列を導入すると多くの場合ウイルスゲノムの機能が保たれないことも課題となっていました。

研究成果
 本研究では、世界中でさまざまな農作物に甚大な被害をもたらしている植物ウイルスの一群「ポテックスウイルス」(注6)の1種であるオオバコモザイクウイルス(Plantago asiatica mosaic virus: PlAMV)の感染細胞における複製酵素のイメージングを目標としました。
 そのために本研究グループが着目したのが2019年に報告された遺伝子コード型の抗体プローブ「Frankenbody(フランケンボディ): FB」(注7)です。抗体(注8)は病原体などのタンパク質の表面に存在する結合部位(エピトープ)と相互作用することで機能します。これまでに、インフルエンザウイルスの膜タンパク質の表面に存在するHAエピトープなどがよく研究され、エピトープをタグとして用いることで、タンパク質の検出などに利用されてきました。動物の生細胞では、FBと蛍光タンパク質と融合させて発現させると、HAエピトープを融合させたタンパク質を可視化しその細胞内での局在を調べられることが報告されていました。
 本研究グループはまず、抗体プローブFBに蛍光タンパク質の一種であるmCherryを融合させたFB-mCherryを植物の生細胞で発現させると、HAエピトープを持つ小胞体(注9)局在性タンパク質のネットワーク状の局在をラベルできることを示しました(図1)。次に、PlAMVの複製酵素のC末端にHAエピトープを融合させた改変ウイルスを作出し(図2)、このウイルスが細胞で元のウイルスと同様に複製を行うことを確認しました。そのうえで、HA融合複製酵素の細胞内動態の観察をFB-mCherryを用いて試みましたが、ウイルスの複製酵素の蓄積量は極めて少なく、FB-mCherryが多量に存在する条件ではウイルス複製酵素に特異的な蛍光を観察することはできませんでした。
 そこで次に、FB-mCherryがウイルス複製時にのみ発現するように人工転写因子を用いた二成分系(注10)を導入し、結果として、PlAMVの複製している細胞で、HA融合複製酵素が小胞体のネットワークや原形質連絡(注11)に近接した顆粒を形成することを見出しました(図3)。この顆粒はまた、ウイルス複製中間体である2本鎖RNA(注12)とも近接していました(図4)。本研究で明らかになったウイルス複製時に観察される複製酵素の顆粒の局在は、原形質連絡の入り口付近で2本鎖RNAを伴って複製が行われるという、これまでの研究で他の実験系により提唱されたポテックスウイルスおよび近縁な植物ウイルスの複製装置の特徴と一致しており、本法の有用性を示すものです。

研究体制
 本研究は、中国竞彩网大学院農学府大学院生の石原千有沙(2024年3月修士課程修了)、角田友弘(2020年3月修士課程修了)、同大学大学院農学研究院生物制御科学部門の小松健教授、同大学大学院応用生物化学部門の佐々木信光准教授、同大学学術研究支援総合センターの松下保彦教授、同大学大学院農学研究院生物制御科学部門の有江力教授、オクラホマ州立大学のRichard Nelson博士らによって実施されました。本研究は、JSPS科研費 基盤研究(B)23K26904および中国竞彩网グローバルイノベーション研究院の助成を受けて実施されました。

今後の展開
 本研究では、エピトープタグに結合する抗体プローブの技術を植物に適用することに成功しました。本成果は、近年技術の進展が目覚ましい抗体テクノロジーを利用しており、ウイルス由来のタンパク質だけに限定されず、植物が作るさまざまなタンパク質の細胞内動態をそれらの機能を維持したまま可視化することを可能にしたもので、植物におけるタンパク質の動態イメージングへの広い活用が期待されます。また、このシステムを利用して、ウイルスがどのように植物の細胞を利用して複製を行っているのか、そのメカニズムの解明に向けた研究が加速することが期待されます。

用語解説
注 1)遺伝子コード型の抗体プローブ
細胞内でのタンパク質の局在や動態を、抗体(注8)の抗原特異性を利用して可視化できる分子。本研究では抗体タンパク質に蛍光タンパク質を融合させて可視化に用いた。また、抗体タンパク質を細胞の外から導入するのではなく、抗体を作るための遺伝子をプラスミドベクターなどのDNAとして細胞に導入し細胞内で抗体をつくらせる仕組みを遺伝子コード型という。

注 2)複製酵素
ウイルスのゲノム(注3)を複製するための酵素。ほとんどのウイルスのゲノムにその遺伝情報が存在しており、ウイルスが細胞に感染する初期に働き、ウイルスが増殖するために必須である。本研究の対象である植物RNAウイルスの場合は、通常、細胞へのウイルス侵入後、速やかに複製酵素が細胞のリボソームの働きで作られ、これが細胞内膜系(注4)に局在し複製装置を形成する。

注 3)ゲノム
生物が持つ中国竞彩网の遺伝情報のこと。生物ではないがほとんどのウイルスにも遺伝情報としてのゲノムが存在している。しかし、ウイルスのゲノム情報である核酸の種類には、動物や植物など細胞性生物のゲノムである2本鎖DNAだけではなく、RNA(1本鎖、2本鎖)やDNA(1本鎖)などもある。本研究で扱っているウイルスのゲノムは1本鎖RNAであり、このタイプは植物ウイルスの大多数を占める。RNA、DNAについては注12も参照。

注 4)細胞内膜系
ミトコンドリアや葉緑体などの細胞内小器官や小胞体を含む、細胞内に存在する多様な膜構造から構成されるネットワーク。植物RNAウイルスは細胞内膜系を複製装置形成の足場として用いる。

注 5)蛍光タンパク質
特定の波長の光を吸収すると蛍光を発するタンパク質の総称。最もよく知られている緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein; GFP)は、緑色の蛍光を発するオワンクラゲから発見されたタンパク質。調べたいタンパク質と融合させて細胞で発現させることで、タンパク質の細胞内局在のバイオイメージング解析に用いることができる。本研究では、赤色蛍光タンパク質mCherryを利用し、GFPと同時に用いることで2種類のタンパク質の局在を比較した。

注 6)ポテックスウイルス
ひも状粒子をもつ1本鎖RNAをゲノムとする植物ウイルスのグループ。分類学的にはポテックスウイルス属と呼ばれ、約50種のウイルスが知られている。ジャガイモに感染して被害を引き起こすpotato virus Xなどが知られる。本研究で用いているPlAMVもこのグループに属し、鑑賞ユリに壊疽症状を引き起こし問題となっている。

注 7)Frankenbody(フランケンボディ): FB
2019年に開発された抗体プローブで、ヒトインフルエンザウイルスの膜タンパク質であるヘマグルチニンの9アミノ酸のHAエピトープを認識する。遺伝子工学的に、HA認識部位を別の抗体の骨格に接続して作成されたことからこの名称が付けられた。HAを認識する特異性を保ちつつ生細胞で機能する立体構造を形成するという抗体プローブとして有用な特徴を持つ。

注 8)抗体
哺乳類など脊椎動物の持つ獲得免疫(外敵排除の仕組み)によってB細胞と呼ばれる細胞が作るタンパク質であり、体内に侵入した外敵の持つタンパク質などの異物(抗原)の表面のエピトープと呼ばれる構造に特異的に結合する。この性質を利用し、標識した抗体が結合する特定のタンパク質を検出または可視化できる。

注 9)小胞体
動物や植物などを含む真核生物の細胞の細胞内膜系を構成する構造。核膜周辺から、ネットワーク状に細胞全体に広がっており、ミトコンドリアや葉緑体などの細胞内小器官と相互作用するとともに、原形質連絡(注11)を介して隣接細胞と繋がっている。1本鎖RNAウイルスには小胞体を複製装置形成の場所として利用するものが多数知られている。 

注10)人工転写因子を用いた二成分系
ある目的のタンパク質を遺伝子から作り出す(発現させる)ためには、多くの場合、転写因子と呼ばれるタンパク質とそれが結合するプロモータと呼ばれるDNAの領域が必要である。二成分系では、転写因子とプロモータのペアを複数用いてタンパク質の発現を誘導する。本研究では、ウイルスゲノムに人工の転写因子を組み込み、ウイルスが感染した細胞でのみ転写因子が作り出され、それがプロモータを介してFB-mCherryを作り出すように系を設計している。

注11)原形質連絡
植物の細胞と細胞の間を繋ぐ通路構造。細胞間での核酸やタンパク質を含め物質の行き来が行われ、植物の正常な生育に重要な役割を果たす。原形質連絡は細胞壁を貫通するとともに、その内部には小胞体が含まれる。植物ウイルスは原形質連絡を通って隣接細胞に感染を拡大する。

注12)2本鎖RNA
RNA(リボ核酸)とは、リボヌクレオチドという単位が多数重合した核酸であり、4種の塩基(アデニン、グアニン、シトシン、ウラシル)を含む。2本鎖RNAとは、互いにペアとなる塩基が並んだ2本のRNA鎖が結合したもので、通常の細胞にはほとんど存在しない。植物RNAウイルスは感染した細胞の複製装置(注2)での複製の際に2本鎖RNAを多量に蓄積することから、2本鎖RNAは複製の場の指標として用いられる。

注11)原形質連絡
植物の細胞と細胞の間を繋ぐ通路構造。細胞間での核酸やタンパク質を含め物質の行き来が行われ、植物の正常な生育に重要な役割を果たす。原形質連絡は細胞壁を貫通するとともに、その内部には小胞体が含まれる。植物ウイルスは原形質連絡を通って隣接細胞に感染を拡大する。

注12)2本鎖RNA
RNA(リボ核酸)とは、リボヌクレオチドという単位が多数重合した核酸であり、4種の塩基(アデニン、グアニン、シトシン、ウラシル)を含む。2本鎖RNAとは、互いにペアとなる塩基が並んだ2本のRNA鎖が結合したもので、通常の細胞にはほとんど存在しない。植物RNAウイルスは感染した細胞の複製装置(注2)での複製の際に2本鎖RNAを多量に蓄積することから、2本鎖RNAは複製の場の指標として用いられる。

    

図1:抗体プローブFB-mCherryを用いた、HAエピトープを持つ小胞体局在性タンパク質のラベリング。小胞体局在性の緑色蛍光タンパク質(GFP)にHAエピトープをつけたタンパク質(左)のネットワーク状局在に、FB-mCherryの蛍光(中)が重なっており、FB-mCherryが小胞体HA-GFPと細胞内の同じ場所に局在していることがわかる(右)。
(Plant Physiology (2025) DOI 10.1093/plphys/kiaf240を基に作成)
  

図2:HAエピトープを複製酵素に付加したPlAMV (Plantago asiatica mosaic virus) と、その抗体プローブによるラベリング手法。PlAMVのゲノムは5つのウイルスタンパク質を遺伝情報として持つ(上)が、そのうち複製酵素にウイルスの複製に影響しないHAエピトープを融合し、これと遺伝子コード型抗体プローブ (FB-mCherry) をともに細胞に導入することで、複製酵素の場所を赤色蛍光タンパク質でイメージングできる。

      

図3:HAエピトープを複製酵素に付加したPlAMVの感染した細胞における、小胞体ネットワークに近接した複製酵素局在。HA融合複製酵素をFB-mCherryでラベルした顆粒(矢印)は、小胞体局在性の緑色蛍光タンパク質(GFP)のネットワークと近接している。
(Plant Physiology (2025) DOI 10.1093/plphys/kiaf240から転載)

         

図4:HAエピトープを複製酵素に付加したPlAMVの感染した細胞における、2本鎖RNAに近接した複製酵素局在。HA融合複製酵素をFB-mCherryでラベルした顆粒(矢頭)は、2本鎖RNAをラベルした緑色蛍光タンパク質顆粒と近接している。
(Plant Physiology (2025) DOI 10.1093/plphys/kiaf240から転載)

    

 

◆研究に関する問い合わせ◆
 中国竞彩网大学院農学研究院
  生物制御科学部門 教授
  小松 健(こまつ けん)
   TEL/FAX:042-367-5691
   E-mail:akomatsu(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp


 

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